日本にも工学博士、理学博士,...などのように、学位を取得した分野によって色々な名前がありますが、ドイツ語の博士号はラテン語に由来する名前が付きます。歴史的な背景もあるため、それをご紹介します。
とは言え、僕の知識は自分の周りにいる同僚からだけですので、その点ご了解ください。ちなみに周りにいるのは、Dr. rer. nat. か、Dr.-Ing.だけです。
Dr. rer. nat. ~ 理学博士
ドイツで工学系の職場、特に大学にいると、こちらの肩書を持っている人をよく見かけます。機械工学では無く、物理や化学を専攻した人に多いですね。最近は学問の境界があいまいなので、同じ教授のもとで博士号を取得しても、どちらかの学位を選べることが多いです。うちの教授もこの学位を持っているのですが、最初はなんのことが全然わかりませんでした。rer? nat? 2つも学位を取得したんだろうか?などと。
rer. nat.は、ラテン語でrerum naturalium の略です。略していなくても、何のことが全然わかりませんね。ラテン語で、rerum は"もの"、naturalium は"自然"なので、直訳すると自然科学になります。今では、数学、物理、化学、生物、地学、情報科学、農学にも適用されています。
Dr.-Ing. ~ 工学博士
こちらは、Doktor der Ingenieurwissenschaften の略です。英語にすると、Doctor of Engineering (Dr. Eng.) ですね。ただ、Ing.の前にハイフンが付いていることからもわかるように、ちょっと他の学部で取る学位と、歴史的にも感覚的にも違います。
まず学位の標記からですが、上述したDr. rer. nat.だけでなく、Dr. med.(医学)、Dr. phil.(哲学)、Dr. math.(数学)などは全てラテン語から来ています。medicinae(医学)、philosophiae(哲学)、mathematicae(数学)のように。これに対して、Dr.-Ing. だけはドイツ語が起源なので、他と区別するためにIng.の前にハイフンが付いています。
Dr.-Ing. という学位が(旧)ドイツで初めて授与されたのは、1899年のベルリンです。それから徐々に他の州にも広がっていきました。ただ、他の伝統的ないわゆる総合大学が、工学分野で博士号を授与することに反対を続けました。そのため、他の学位と区別できるようにドイツ語表記であることを明確にしています。今もその制度はそのままに。
おまけ
日本とは博士号に対する考え方や重視する度合いの違うドイツ、それだけに授与権についても厳格なんですね。今での年配の先生は(きっと冗談交じりで...)、Dr. rer. natを持つ人からすると、Dr.-Ing.なんて博士号とは呼べない、あんなの学問じゃない、と言いますし、Dr.-Ing.からすると、工学こそが今の産業を支えている。ドイツを支えているのは自分達だ、と言います。昔話みたいですが、今でも生きているイメージのようです。
なお、企業(とくにモノづくり系)に行くと、Dr.-Ing の方が何となく良いイメージを持たれます。ざっくりした感触ですが、確かに有名自動車メーカーのトップはみんなDr.-Ing.のような気がします。
ここまでの話を全部台無しにするようですが、自分の所属する学科では、博士号取得の申請の際に学位の名前を選べます。申請書には、Dr.-Ing, Dr. rer. nat., Dr. Phil.の選択肢がありました。どれでもいいんかい!
おしまい。